2010年07月02日
一昨日の格好
昨日の日記で、ちょっと気になるキーワードがあったの。
「自分を晒す」
これまで、クルマは晒してきたけど、
自分を晒すなんて、考えもしなかった。
でも、よくよく考えてみれば、
一昨日のあの格好を考えると、そう思えなくはないの。
イオンでもそれなりに“晒し者”になっていたし。
そのことに、アタシは悪い気はしない。
ただ、受け皿となっているアタシと
あの服が似合っている(可愛い)かが気になるだけ。
世間様はどう思っているかは知らないけど、
アタシがとても気に入っている。
何でそんなことを考えたかというと、
ここ最近、毎日の日課を続ける意味が見えなくなってきているの。
差しあたって、以前のような醜い体型ではなくなりつつある。
だから、別にこの辺で毎日毎日やる必要はないのではないか、
と思っているのだけれど、
やっぱり、元に戻るのが怖いので、日課を続けている。
しかし、そこから先、見えるものは何もないわけ。
だから何?って感じかしら。
そもそもダイエットを本格的に考え出したのは、
「痛車に乗りたい!」と思うようになってから。
つまり、
「イカニモな人間がイカニモな車(痛車)に乗っている」
なんて思われたくないから。
結果、アタシの願ったとおりになったか分からないけど、
少なくとも、痛車ユーザーの中で、アタシは異端の存在だと思う。
勝手な思いこみだけど。
そんな目標も、達成して、今後アタシはどこへ行くのだろう?
何故、こんなにも一生懸命日課をこなしているのだろう?
そう思った時、「自分を晒す」という仮説が生まれてきたわけ。
何気ない事だったんだけどね。
「可愛くなりたい」
中学生時代からの願い。
でも、あの当時はムチャクチャ醜かったし、
高校時代は、面と向かって「気持ち悪い」と言われたほど。
だから、とうにあきらめていたつもりだった。
ところが、今の体型を手に入れることができて、
もっともっと努力すれば、
何とかなるんじゃないかと思えるようになってきた。
「可愛くなって、出歩きたい(つまり、晒したい)」
だったら、もっともっと努力しないとムリ。
一昨日のアレで満足してはいけない。
化粧も覚えないといけないし、髪のケアもしっかりしないと。
もっとも、衣装だって気を遣わなきゃ。
それ以前に、受け皿となるアタシを
もっと磨きをかけなければ意味がない。
醜いままで、悪あがきをしたところで、もっと醜くなるだけ。
それだけは絶対イヤ。というか、アタシが許さない。
究極的には、ゴスロリも許容できるところまでいければ合格。
目指すは「結城蛍」。
ただ、ひとつだけ誤解のないように。
決してオカマになりたいワケじゃありませんから。
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