2014年07月29日
会社を辞めて半年になりました。

※誕生日に弟にもらったサントリーシングルモルトウイスキー『山崎』で
ふと、去年の今頃は何をやっていたんだろう?
と思い返してみたら、実は何も思い浮かびませんで。
その前の年は、父親が亡くなった年でもありまして、
ちょうど会社を辞めようとしていた頃でございます。
実際に、2012年7月末日で会社を辞めました。
もともと、名古屋でひとり暮らしをしていた時にみつけた会社。
父親が亡くなったことを機会に、豊橋に戻ってきて、
豊橋から名古屋まで、通っておりました。
ただ、やはり通勤がしんどいというのもあり、
葬儀が終わったその2ヶ月後に辞めた次第でございます。
ところが、豊橋に戻ってきたところで、
これといって就職先が見つかることもありませんでした。
そもそも、社会人4年目にして既に5回も退職をしてしまっているものですから、
雇う方も慎重になるようで、『こんな履歴書見たことない!』と何度叱責されたことか・・・。
結局、そんな求職活動に疲れ、元の会社の要望もあり、
たった2ヶ月後には、元の鞘に戻ってしまったわけでございます。
となれば、同じ過ちは繰り返すまいと毎日毎日、頑張って豊橋から名古屋まで通っておりました。
そりゃ会社に対して様々な不満はあれど、所詮は雇われの身。
ぐっとこらえて、我慢して、それでもなんとか自分の思い通りに、やりやすいように工夫して、やってはきました。
でも、豊橋から名古屋まで、そこまでして通う価値が果たしてあの会社にあるのか?
と思ってしまったが最後。やっぱり辞めてしまったわけでございます。
ただし、前回と違って、ある程度考えがあって辞めたわけでございます。
名古屋で働いてみて思ったのが、以外とフリーランスで頑張っている人が多いと言うことです。
例えば、起業する場合に、資金が要るとか、事務所が必要だとか、考えがちですが、
実際はそんなもの必要ではありません。
要は『如何に仕事を取ってくるか』が重要でなのでございます
(某瀬戸市のベテラン電気工事屋曰く)。
その電気屋さんもそうですが、カーオーディオの職人さんもフリーランスがたくさんいらっしゃいます。
彼らは、お店も事務所もありません。とどのつまり、己の知識と技術で生計を立てているのです。
であるならば、私もパソコンや家電の知識を活かして仕事ができるんじゃないか?
ただ、それでもいきなり起業するのは不安なので、
しばらくは期間工でもやって、お金を貯めようかと考えておりました。
まま、以上のような考えがあったものですから、
正直なところ、1日でも早く辞めたかったわけでございます。
ですので、辞める意志を表明して、その約1ヶ月後、
今年の1月末日を以て退職できたのは幸いでございました。
ところで、期間工の話ですが、採用までは決まったんですがね、結局辞退しました。
その理由は、やはり私と同じ商売をしている方とお話しをする機会がありまして、
その時に『そんなん(期間工)やるぐらいだったら、同じ期間に色々な人あって話をした方が良い』と
おっしゃってくださいまして。
つまり、その期間にお金を稼ぐことはできるかもしれないが、それ以外に何の意味があるのか?という事です。
それが、私がこれからやろうとしている仕事に関係するのであればともかくとして、全くないわけですから、
そんなのは全くの無駄であるというわけです。
この言葉には、正直勇気をもらいまして、『やるんだったら、すぐが良い』(その方曰く)の教えのもと、
いよいよ腹を括ったわけでございます。
でも、結果としては良い選択でございました。
ひょっとしたら、私の人生の中でもっとも良い選択だったかもしれません。
また、とある方には『以前に比べて笑顔が全然違う』ともおっしゃってくださいまして。
自分でやるとなると、もちろんそれ相応の責任は伴いますが、
何よりも、自分が思ったようにできるというのが一番でございまして、
人の顔を気にして仕事をする必要がないのが心底ラクなのでございます。
勤め人だった頃は、それがお客様のためであっても、会社から何言われるか分かったものじゃありませんので、
常に上司の顔色を伺いながら仕事をしてました。それが最も苦痛だったのかも知れませんね。
仕事の方も、やっぱり世間的にはフリーランスのパソコンサポート屋を求めているらしく、
そこそこお仕事をいただいています。
もちろん、BNIに加入したこともあるでしょう。
でも、『時間を売る』パソコンサポート屋って聞いたことありますか?
この仕事を始めてたった半年ですが、我ながら良いキャッチフレーズ(メモリーフック)じゃないかと思います。
そして、豊橋に居るが故に、様々な人的ネットワークにアプローチできるようになりました。
朝早く、夜遅い。しかも休みは、週に1日。
となれば、いくら私が豊橋のために何かしたいと望んでいてもどだい無理な話です。
しかし、これからは仕事もプライベートも豊橋です。
といっても、実際は何が仕事で何がプライベートか分かりませんがね。
少なくても、金子城治という人間が、豊橋でなんかやっているぞ。
というアピールにはつながるわけで。
私はそれで満足なのでございます。
そう、ちょうど私が豊岡中学校で生徒会長をやっていたように。
結局、あのことのクセは直っていないわけで。
中学でやっていたことを、約20年経った今では、東三河を巻き込んでやろうとしているわけで、
その点は成長していないわけですねw
にしても、これだけ目立っているのに、かつての同級生にあまり会わないのはどいういうことなんでしょうね?
どっかで絡むことがあっても良いと思うのにね。