2014年11月29日
ファミコン勉強法
3歳の誕生日にてて様がファミコンを買ってくれました。
最初にプレイしたゲームは、『ピンボール』。
それから、ファミコンを通じてちょいと大きなお友達もできまして、
いろいろなゲームをプレイする機会に恵まれました。
と同時に、世はファミコンブーム。
高橋名人が一世を風靡し、
『ドラえもん』、『迷宮組曲』、『新人類』、『高橋名人の冒険島』など
ハドソン製のゲームを良くやったものです。
アタシのてて様も半ばあきれながらも、アタシのおねだりしたようにファミコンソフトを買ってくれました。
『ファミリーコンピューターロボット』も、『ディスクシステム』も、
よくもまあ、幼稚園児のアタシに買い与えてくれたものです。
そんなアタシも、十分使い方が理解できず、それら周辺機器は結構ダメにしてしまいましたが、
今更ながら、それを手元に置いておこうとするのは、やはりそれらの経験がなせるものでしょうか。
当時、『ファミコンばかりやっていると馬鹿になる』と言われたものです。
アタシの場合は、中の上、上の下ぐらいの成績を維持していましたので、
そこまで口酸っぱく言われませんでしたが、やはりテストの点数が悪いと、似たようなことを言われましたね。
でも、てて様も『考えながらプレイするので、却って良いんじゃないか』と言っていたことがありました。
といっても、言うことがころころ変わる方でしたから、本音はどうなのか分かりませんがね。
しかし、そんな幼少期の頃の記憶というのは、未だに残っているもので
当時クリアしたファミコンソフトは今でもクリアすることができます。
なぜなら、その手順を覚えているからです。
スーパーマリオも、2はディスクシステムでしたから覚えていませんが、3もラウンド、ステージ、
どんなのだったか、覚えています。
つまり、そこまで一生懸命だったんですよ。
『ファミコンをクリアすること』に。
だから、本屋さんを巡って攻略本を探したり、購入した攻略本を何度も読み返したり。
攻略本にはネタバレ的な要素もありますが、
れが却って自分の手で見てみたい!という欲求をかき立ててくれました。
攻略本で分からなければ、ファミコンを通じて知り合って年の離れたお兄さんらに聞いてみたり、
一緒にプレイしたりしました、
そんな幼稚園児、小学生だったわけです。
当時のゲーム攻略本は今ほど厚いものではなく、
あくまでも対象が小学生だったので、写真やイラストが多用され、
漢字にルビが振ってあったり、読みやすく、分かりやすいものでした。
そんな攻略本を読みふけっていたのですから、当然国語の力はつきますよね。
同時に、記憶力もついちゃいます。
そして、アクション&シューティングゲームだったら敵がどのように動くかなどの予測、
RPGだとレベル上げなどの計画性、シミュレーションゲームなら、戦略性等々・・・。
ゲームから得られた恩恵というのは数しれず。
さらに当時はメーカー側もファミコンという容量の限界を考慮して、
『如何におもしろいゲームを作るか』苦心した時代。
チープな絵作りだからこそ得られる創造性。
ゲームメーカーの思い。
それらを感じ取りながら(意識してないけど)、
アタシは一生懸命ゲームをやっていました。

その攻略本の数々は、大人に何なってアタシのコレクションになってます。
さすがに当時の攻略本は保存していませんが、
大人になってファミコンの攻略本を集めることがアタシの趣味になってます。
それは、当時を振り返るというのもあるのですが、
読んでいても楽しいんですよね。アタシもそのゲームやろう!という気になります。
そうやって勉強に必要な基礎力を身につけたわけで、
それが今でも生かされているんですよね。
本当に良い時代に生まれましたよ。
最初にプレイしたゲームは、『ピンボール』。
それから、ファミコンを通じてちょいと大きなお友達もできまして、
いろいろなゲームをプレイする機会に恵まれました。
と同時に、世はファミコンブーム。
高橋名人が一世を風靡し、
『ドラえもん』、『迷宮組曲』、『新人類』、『高橋名人の冒険島』など
ハドソン製のゲームを良くやったものです。
アタシのてて様も半ばあきれながらも、アタシのおねだりしたようにファミコンソフトを買ってくれました。
『ファミリーコンピューターロボット』も、『ディスクシステム』も、
よくもまあ、幼稚園児のアタシに買い与えてくれたものです。
そんなアタシも、十分使い方が理解できず、それら周辺機器は結構ダメにしてしまいましたが、
今更ながら、それを手元に置いておこうとするのは、やはりそれらの経験がなせるものでしょうか。
当時、『ファミコンばかりやっていると馬鹿になる』と言われたものです。
アタシの場合は、中の上、上の下ぐらいの成績を維持していましたので、
そこまで口酸っぱく言われませんでしたが、やはりテストの点数が悪いと、似たようなことを言われましたね。
でも、てて様も『考えながらプレイするので、却って良いんじゃないか』と言っていたことがありました。
といっても、言うことがころころ変わる方でしたから、本音はどうなのか分かりませんがね。
しかし、そんな幼少期の頃の記憶というのは、未だに残っているもので
当時クリアしたファミコンソフトは今でもクリアすることができます。
なぜなら、その手順を覚えているからです。
スーパーマリオも、2はディスクシステムでしたから覚えていませんが、3もラウンド、ステージ、
どんなのだったか、覚えています。
つまり、そこまで一生懸命だったんですよ。
『ファミコンをクリアすること』に。
だから、本屋さんを巡って攻略本を探したり、購入した攻略本を何度も読み返したり。
攻略本にはネタバレ的な要素もありますが、
れが却って自分の手で見てみたい!という欲求をかき立ててくれました。
攻略本で分からなければ、ファミコンを通じて知り合って年の離れたお兄さんらに聞いてみたり、
一緒にプレイしたりしました、
そんな幼稚園児、小学生だったわけです。
当時のゲーム攻略本は今ほど厚いものではなく、
あくまでも対象が小学生だったので、写真やイラストが多用され、
漢字にルビが振ってあったり、読みやすく、分かりやすいものでした。
そんな攻略本を読みふけっていたのですから、当然国語の力はつきますよね。
同時に、記憶力もついちゃいます。
そして、アクション&シューティングゲームだったら敵がどのように動くかなどの予測、
RPGだとレベル上げなどの計画性、シミュレーションゲームなら、戦略性等々・・・。
ゲームから得られた恩恵というのは数しれず。
さらに当時はメーカー側もファミコンという容量の限界を考慮して、
『如何におもしろいゲームを作るか』苦心した時代。
チープな絵作りだからこそ得られる創造性。
ゲームメーカーの思い。
それらを感じ取りながら(意識してないけど)、
アタシは一生懸命ゲームをやっていました。

その攻略本の数々は、大人に何なってアタシのコレクションになってます。
さすがに当時の攻略本は保存していませんが、
大人になってファミコンの攻略本を集めることがアタシの趣味になってます。
それは、当時を振り返るというのもあるのですが、
読んでいても楽しいんですよね。アタシもそのゲームやろう!という気になります。
そうやって勉強に必要な基礎力を身につけたわけで、
それが今でも生かされているんですよね。
本当に良い時代に生まれましたよ。
Posted by あやしみゆき at 22:55│Comments(0)
│昔話